兵庫県知事“パワハラ疑惑”騒動広がるも辞職を否定… 住民の手で「辞めさせる」方法は?(2024年7月26日『弁護士JPニュース』)

兵庫県知事“パワハラ疑惑”騒動広がるも辞職を否定… 住民の手で「辞めさせる」方法は?(2024年7月26日『弁護士JPニュース』)

兵庫県

兵庫県知事の「パワハラ疑惑」が物議を醸している。県職員2名が死亡するという異常事態に至り、批判が強まっているなか、知事は辞職を否定している。たとえば、もし住民が、知事を辞めさせたいと考えた場合にどのような法的手段をとりうるのだろうか。

【図表】首長が住民投票で解職された事例(2000年代)

住民の手で首長を強制的に辞めさせる「リコール」の制度
愛知県知事のリコール署名運動では署名偽造が行われ逮捕者も出た

愛知県庁

まず、住民が首長を強制的に辞めさせる制度がある。いわゆる「リコール」の制度である(地方自治法13条2項・81条・83条)。

有権者のうち一定割合の人数の署名を集め、選挙管理委員会に「解職投票」を請求することができる。そして、有効投票総数の過半数が賛成すれば、首長は解職となる。

この、住民のきわめて強力な権限は、地方自治に特有のものである。なぜ、リコールの制度が認められているのか。市議会議員の経歴があり地方自治制度に詳しい三葛敦志弁護士に聞いた。

三葛弁護士:「地方公共団体の長のリコールは、憲法の『地方自治』に関する規定(憲法92条~95条)を根拠としています。

その背景には、地方自治は国政よりも身近なところにあるべきだという発想があります。

つまり、国政が国全体の課題を扱うのと異なり、地方公共団体では、その地域の住民の生活に密着した共通の課題を扱います。したがって、そのような課題については住民自身に決めさせるのが望ましいという考え方がとられているのです。

この考え方を『住民自治』と言い、リコールの制度は住民自治のあらわれです」

ただし、解職投票を要求するための署名数の要件は厳しい。自治体の有権者の総数に応じて以下の通り定められている(地方自治法81条1項)。

自治体の有権者数ごとの署名数要件(有権者総数=Xとする)】
①X=40万人以下:X×3分の1
②X=40万人超~80万人以下:40万人×3分の1+(X-40万人)×6分の1
③X=80万人超:40万人×3分の1+40万人×6分の1+(X-80万人)×8分の1

つまり、有権者総数30万人ならば10万筆以上、有権者総数100万人ならば22万5000筆以上の署名が要求されている。

兵庫県の2024年6月1日現在の選挙人名簿登録者数は2,130,969人である(兵庫県発表)。この数字から計算すると、リコール請求を想定した場合には36万6372人以上の署名が要求されることになる。

この数を集めるのは至難の業である。近年では、愛知県知事のリコール署名で、名古屋市長や著名人らが大々的に呼びかけたにもかかわらず署名数が集まらず、多数の署名が偽造された事件が記憶に新しい。

なぜ、首長のリコールの要件は厳格に定められているのか。

三葛弁護士:「議会の多数派が気に入らない首長を辞めさせることを防止するためです。

すなわち、地方自治制度では、首長と議会の二元代表制がとられています。

ところが、議会の多数派がリコールの制度を利用すると、反対派・少数派の抑圧に結び付くおそれがあります。それは、住民自治の観点からあってはならず、健全な地方自治にとってきわめて危険なことです」

議員にはたらきかけて「不信任の議決」をさせる方法は?
リコールの制度の他に、県議会の議員にはたらきかけ、知事に対する「不信任の議決」をさせる方法が考えられる。

はたらきかけが功を奏し、県議会が不信任の議決が行われた場合、知事は「辞職」か「議会の解散」のどちらかの選択を迫られることになる。

この不信任の議決の要件も厳しい。総議員の3分の2以上が出席の上、出席議員の4分の3以上の賛成が要求されている(地方自治法第178条第3項)。つまり、「絶対にこの首長の味方をする」という議員が4分の1より1人でも多ければ、不信任案は通らない。

兵庫県議会の場合、議員の定数は86人なので、65人以上の賛成が必要となる。ちなみに2024年7月25日現在、会派別の議員数は自由民主党36人、維新の会21人、公明党13人、ひょうご県民連合9人、日本共産党2人、無所属5人となっている(人数が多い順)。

三葛弁護士:「実際には中間派もいるので、せめぎ合いになります。

不信任の議決に厳しい要件が設けられているのは、ここでも、議会の多数派が気に入らない首長を簡単に辞めさせられないようにするためです。

元代表制の下、住民の直接選挙により選ばれた首長を、議会の多数派が簡単に辞めさせることができるようになってしまうのは、混乱を招きかねません。」

しかし、その厳しい要件をクリアして不信任の議決が行われた場合、事実上、「辞職」を選ばざるを得ないと考えられる。なぜなら、住民も議会も敵に回した状況では、議会を解散しても再度議員の選挙が行われ、反対派が多数を占めることが想定されるからである。

ただし、三葛弁護士は、議員の立場としては不信任の議決を避けたいという思惑がはたらくという。

三葛弁護士:「もしも首長が議会を解散すれば、次の選挙で自分が落選するリスクが生じます。

落選しなかったとしても、選挙はお金がかかります。議員自身も支援者も大変な思いをします。実のところ、選挙が4年に1回ということを前提に人生設計をしている議員も少なくないのです」

地方議会において「問責決議」や「辞職勧告決議」が行われるのは、そのような思惑によるものかもしれない。

それでも住民の“はたらきかけ”には「絶大な威力」がある
地方公共団体の住民にとって、大きな問題を抱える首長が在職し続けることは、看過できないリスクである。しかし、リコール制度も、議会にはたらきかけての不信任決議案の可決も、実現には大きなハードルがある。

三葛弁護士は、それでもなお、リコール運動を行うことや議員にはたらきかけることは、事実上有効な手段となりうるという。

三葛弁護士:「特に、議員を通じたはたらきかけは重要です。市議会議員を務めた経験の肌感覚として、議会に首長の味方となる議員が4分の1より少ないというのは、相当に切羽詰まって厳しい状況です。

議員の過半数の賛成を得なければ予算が通りません。味方が少ないというのは、地方公共団体の運営が不安定になる要素の一つです。

議会による不信任の議決は、たとえていえば『伝家の宝刀』です。抜かなくても、その可能性が十分あるとちらつかせることは、重大な威力を発揮します。

また、リコールについては、住民は首長の解職請求だけでなく、議会の解散請求もできます(地方自治法76条、78条)。

首長も議員も、大多数の住民を敵に回したらリコールされる可能性があるのであり、常に緊張感があります」

住民自治の担い手は住民自身である。首長や議会の専横を許さないためには、日ごろから地方自治に関心を持つとともに、自身がどのような権限を持っていて、どのように行使できるのかを知っておくことが重要である。

弁護士JP編集部