最低賃金に関する社説・コラム(2024年7月26・29日・8月2日)

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最低賃金の上げ幅最大 継続可能な環境の整備を(2024年8月2日『毎日新聞』-「社説」)
 
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最低賃金を1500円に」と訴える労働組合のメンバーら=東京都千代田区で2024年7月23日、東海林智撮影
 今年度の最低賃金が大幅に引き上げられることになった。働く人が安心して暮らせるように、この流れを来年度以降も継続しなければならない。
 国の審議会が、全国加重平均で現行の時給1004円から過去最高となる1054円に引き上げるとの目安をまとめた。50円の増額は最大だ。
 雇用形態を問わず、すべての労働者に適用される賃金の最低額である。非正規の人や中小企業で働く人の中には、最低賃金の水準で働く人も少なくない。働く人にとってセーフティーネットの役割を果たしている。
 審議では物価高、とりわけ生活必需品の高騰への対応が焦点だった。大幅引き上げとなったことは評価できる。
 ただし、フルタイム換算で年収200万円程度と生活の安定には不十分だ。今後も着実に積み上げていくことが求められる。
 しかし、課題も多い。
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全国一律の最低賃金を求める労働組合のメンバーら=東京都千代田区で2024年6月25日、東海林智撮影
 今春闘で満額回答が相次いだ大企業だけでなく、経営基盤の弱い中小企業も賃上げできる環境を整えることが欠かせない。
 取引先の大企業に対して人件費の増加分を価格に転嫁できる仕組みを徹底し、国の監視を強化すべきである。
 生産性を向上させるため、設備投資やデジタル化への支援を続けることが重要になる。
 地域格差の是正も急務である。今は、最高の東京都と最低の岩手県の間で220円の差がある。地方からの人材流出の原因にもなっている。
 今回は、全国すべての地域で50円の引き上げが示された。だが、目安通りでは格差は縮まらない。
 今後、各都道府県の審議会が目安を参考に実際の金額を決定する。地域活性化の観点から、実情に応じて可能な限りの増額を模索してほしい。
 少子高齢化によって人手不足は今後、深刻さを増す見通しだ。人件費の抑制に寄りかかる経営を続けていては、人材の確保はままならない。
 政府は、2030年代半ばまでに最低賃金を1500円にするとの目標を掲げる。持続的賃上げが可能となるよう、企業は経営改革に全力を傾けることが必要だ。

最低賃金50円増 継続的な引き上げこそ(2024年7月29日『東京新聞』-「社説」)
 
 厚生労働省の審議会は、2024年度の最低賃金(最賃)の全国平均を現行より50円(約5%増)引き上げて1054円とする目安額を取りまとめた。上げ幅は23年度の43円を上回り過去最大。時給額も最高額となる=グラフ。
 ただ、物価高が続く中、生活を支えるには不十分。来年度以降も継続的な引き上げを求めたい。
 労働者側、使用者側代表と中立的な公益委員が参加する審議会では、物価高に対応するために引き上げることには労使とも合意したが、額を巡って対立が続いた。
 労働側は都市部との格差がある道府県を対象に67円の引き上げを求めたが、使用者側は中小零細企業の支払い能力を考慮して大幅な引き上げに難色を示していた。
 50円の引き上げは、今春闘の賃上げ状況や物価高を考えれば、最賃近くの時給で働く非正規雇用者にとっては当然の額だ。
 それでもフルタイムで働いて年収は200万円程度にとどまる。厚労省によると、昨年度の最賃引き上げでも暮らし向きが「変わっていない」と答えた労働者は63・4%に上り、最賃の継続的引き上げが必要なことを示している。
 最賃引き上げには、人手不足に直面する中小企業の価格転嫁促進や設備投資などへの公的支援などが欠かせない。中長期的には最賃額を全労働者の平均賃金の一定割合にすることも検討に値する。
 最賃額は都道府県を3ランクに分けている。今回はいずれも50円の引き上げとなった。同額引き上げでは最賃の高い都市部と地方との格差が縮まらない。
 今後、目安額を参考に各都道府県の審議会で議論が始まる。23年度改定では人材の流出に危機感を持つ24県が目安額を上回る答申をした。地域の実情に応じた引き上げ額の決定を期待したい。
 海外との格差拡大も無視し得ない。労働政策研究・研修機構によると米カリフォルニア州の最賃は約2510円、英国は約2345円。韓国は日本を上回る1129円で25年度からはさらに1148円に引き上げられる。最賃が低いままでは、日本で働きたいと思う人が少なくなると心配する。

 
最低賃金 地域差生じぬ底上げを(2024年7月26日『北海道新聞』-「社説」)
 
 厚生労働省の審議会は本年度の最低賃金の目安について全国平均で50円上げ、5%増の時給1054円と決めた。引き上げ額は過去最大を更新した。
 今後都道府県ごとに実際の金額を決めるが、目安通りだと北海道は初めて千円を超える。
 春闘では大手を中心に平均5%の賃上げが進んだものの、物価高騰で実質賃金は過去最長の26カ月連続のマイナスだ。
 引き上げ後も最低賃金ではフルタイム労働で年収200万円台に過ぎず、ゆとりある暮らしには程遠い現状といえる。
 最も安い岩手県の時給は最も高い東京都の8割程度であり、地域差も大きいままだ。これでは首都圏などへの人材流出を促す結果になってしまう。
 政府は格差是正を図るため、賃金負担が増す中小企業への支援策を充実させる必要がある。
 最低賃金は全ての労働者に適用され罰則を伴う。国の審議会は経済情勢に応じ都道府県をA~Cの3ランクに分け、毎年それぞれ目安額を示すが今回の上げ幅は全ランクで50円だった。
 Bランクで現行960円の北海道を含め、千円以上は16都道府県に増える見通しだ。
 改定では「生計費」「一般的な賃金水準」「企業の支払い能力」が考慮される。
 従来は住居費の高い都市部が高くなる傾向があったが、物価高の波は全国に及び、公共交通機関が脆弱(ぜいじゃく)な地域では自家用車の燃料代負担はかさむ。
 労組側委員は「半分の都道府県が千円に達するペースが必要」として、地方を厚めに引き上げる意見も出ていた。
 日本弁護士連合会では4年前に最低賃金の全国一律制を提言している。憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するためだ。
 深刻な人手不足を反映し、昨年度は24県で目安額を上回る引き上げを実施している。
 審議会では経営側も一定の引き上げに理解を示した。だが中小零細は原材料高などで膨らむコストの価格転嫁すら進まず、経営への打撃は避けられないと配慮を求めていた。
 岸田文雄政権は先月策定した経済財政運営の指針「骨太方針」で、最低賃金を平均1500円とする目標の早期達成と地域間格差是正を明記した。
 とはいえ実現への具体的道筋は見えない。企業任せでは地域経済は疲弊するばかりだ。
 賃金が上がると社会保険料の事業主負担部分も増すが、日弁連では大幅な減免なども求めている。政府は賃上げ可能な環境づくりに本腰を入れるべきだ。

最低賃金50円アップ 実感できる「底上げ」効果を(2024年7月26日『河北新報』-「社説」)

 4年連続で過去最大の引き上げを決めたとはいえ、地域や業種、経営規模による格差が解消されない状況が続く限り、暮らしの底上げ効果はなかなか実感しにくい。
 政府は賃上げ余力の乏しい地方や中小零細企業の実情に応じて、人材確保や価格転嫁の促進に向けた支援策を早急に強化すべきだ。
 中央最低賃金審議会厚生労働相の諮問機関)の小委員会が2024年度の最低賃金の全国平均を時給1054円とする目安額を決めた。現在の1004円から50円(約5%)の引き上げで、上げ幅は23年度の43円を上回り、4年連続で過去最大を更新した。
 物価高や春闘で大幅な賃上げが相次いだことを反映した結果だが、これが実現しても東京都など大都市圏と地方の格差縮小にはつながらない。
 最低賃金の目安は経済情勢に応じ47都道府県をA-Cの区分に分けて示され、今回は各区分とも一律50円の引き上げで決着した。
 目安通り引き上げられても最も高いのは東京都の1163円、最も低いのは岩手県の943円で、両都県の差は220円で現状と変わらない。
 岩手のほか、青森、秋田、山形の各県もC区分で、目安通りの引き上げが実現しても時給1000円に届かない。
 こうした状況が放置されれば、東北からの人口流出はいっそう加速しかねない。
 一方、人件費の支払い能力は企業の経営状況によって大きく異なる。
 連合の最終集計によると、今春闘の平均賃上げ率は5・1%と好調だったが、中小零細企業を対象とした政府集計では2・3%と落差がある。
 まずは適正な価格転嫁が進むよう独占禁止法や下請法を積極的に運用し、賃上げしやすい環境整備を急ぐべきだ。
 公正取引委員会東北事務所が23年度、下請法違反で指導した企業は前年度比21社増の417社となり、過去最多を更新した。
 下請け代金の支払い遅延や減額、買いたたきなどが目立つほか、納入業者への優越的地位の乱用など独占禁止法違反に当たる行為も中小企業を圧迫している。引き続き厳しい取り締まりが不可欠だ。
 東京商工リサーチが今月上旬に発表した24年上半期の全国の企業倒産件数(負債額1000万円以上)は前年より20%以上多い4931件で、10年ぶりの高水準となった。
 従業員数10人未満の企業が8割超を占めており、物価高や人手不足が経営を直撃していることがうかがえる。
 事業承継への支援や、場合によっては企業の再編・統合を促進する施策も動員して、収益改善を後押しする必要があろう。
 物価変動を考慮した実質賃金は5月まで26カ月連続で前年比マイナスに沈んでいる。個人消費の低迷を打開する契機となるよう、賃上げの持続力を高めたい。

最低賃金 大幅引き上げで成長型経済に(2024年7月26日『読売新聞』-「社説」)
 
 企業が人件費を抑制するばかりでは、経済の好循環の実現は望めない。最低賃金の大幅な引き上げを契機に、コストカットに偏重していた日本経済の変革を進めたい。
 厚生労働省中央最低賃金審議会は、2024年度の最低賃金について、全国平均を、現在の1004円から1054円にするとの目安をまとめた。
 引き上げ額は50円で、昨年度の43円を上回り、過去最大となった。引き上げ率は5%となる。
 最低賃金は、正規、非正規を問わず、すべての労働者に適用される賃金の下限額となる。
 物価高が続く中、物価の影響を考慮した実質賃金は、今年5月まで2年以上もマイナスが続き、家計は苦しい。大幅な引き上げで合意したことは評価できる。
 今年の春闘は、33年ぶりの高水準の賃上げを実現した。その流れを非正規労働者や中小企業に波及させる効果も期待できよう。
 審議会では、労働者側が67円の上げ幅を主張したのに対し、使用者側は23円とするように求めて、協議は難航した。
 使用者側には「過度な引き上げは、倒産や廃業を招き、地域の雇用が失われかねない」との懸念が強い。政府には、中小企業が賃上げの原資を確保できるようにする環境を整える責任がある。
 中小企業が、人件費を含めたコスト上昇分を適切に価格転嫁できるよう監視を徹底するほか、企業の生産性を向上させるための有効な施策を講じてもらいたい。
 日本は、人件費や原材料費を削減して割安な製品を販売する「コストカット型経済」から脱却していく重要な局面にある。
 価格の安さを競うよりも、賃上げや投資を進め、魅力ある商品やサービスを提供する「成長型経済」へと転換する必要がある。そのためには、企業規模を問わず、経営者が、賃金のあり方に対する意識を改革していくことが大切だ。
 政府は現在、30年代のできるだけ早い時期に「全国平均1500円」の最低賃金を実現する目標を掲げている。日本で働きたいと思う外国人を増やすためにも、欧米より低い水準にある賃金を引き上げていくことが重要になる。
 また、例年は47都道府県を経済情勢に応じ、3グループに分け、それぞれの目安を示してきた。今回は地域差の是正と底上げのため、一律に同額の50円とした。
 各地の審議会は、地域の活性化に重要だという観点から、積極的に引き上げを検討してほしい。

生産性高め最低賃金引き上げを進めよ(2024年7月26日『日本経済新聞』-「社説」)
 
 都道府県ごとに定める最低賃金の2024年度の引き上げ幅について、厚生労働省の審議会は全国平均で1時間あたり50円を目安にすると決めた。23年度の43円を上回り、過去最大の上げ幅だ。
 物価高で家計は圧迫され、実質賃金はマイナスが続く。非正規従業員は最低賃金に近い水準で働く人も多く、生活を支えるうえで大幅引き上げは必然といえる。インフレ下では最低賃金の上昇は速まる。企業はさらなる賃上げができるよう生産性を高めるべきだ。
 都道府県を3グループに分けて目安を決めており、そのすべてで上げ幅を50円にそろえた。時給は全国平均で1054円となる。全都道府県で900円を上回り、1000円以上は現在の8都府県から16都道府県に増える。
 日本の最低賃金はまだ海外に比べて大きく見劣りする。今年1月時点で英国とドイツは円換算で約2100円、オーストラリアは約2500円に達する。円安の影響もあるが、若い人を中心にワーキングホリデーを利用して海外で働く人が目立つ。外国人が日本で働く魅力も低下している。
 政府は昨年夏、30年代半ばまでに全国平均で1500円とする目標を打ち出した。海外に比べれば決して高い金額とはいえない。国際水準に早く近づくために、可能な限り前倒しすべきだ。
 最低賃金の大幅な引き上げは中小企業に経営改革を迫る。生産性を高めるために、今こそデジタル化や省力化、従業員の能力開発への投資に踏み出してほしい。
 人手不足が深刻化するなか、賃金が高いところに人材は集まり、企業の新陳代謝は避けられない。政府は助成金のばらまきで不振企業を延命させるのではなく、構造改革を進めて最低賃金の持続的な引き上げを目指すべきだ。成長分野に人材が円滑に移れる労働市場改革も急がねばならない。
 最低賃金の決め方も再考する時期にきている。現在は審議会で労使の代表が鋭く意見で対立し、有識者の公益委員が落としどころを探る。高度経済成長期に確立した仕組みであり、生産性の低い中小企業に水準が引っ張られ、上げ幅は抑制されやすい。
 日本経済に望ましい最低賃金を実現するには、労使対立を越える合理的な決定方式が要る。エコノミストらが情勢分析に関わる英国も参考に、有識者が議論を主導する方法を検討する必要がある。

最低賃金50円増 好循環実現への第一歩に(2024年7月26日『新潟日報』-「社説」)
 
 労働者の処遇を改善し、賃金と物価がともに上がる好循環を実現するきっかけとしたい。中小零細企業が賃上げによる人件費上昇に耐えられるように、政府による支援策も不可欠だ。
 厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会の小委員会は、2024年度の最低賃金の全国平均を時給で1054円とする目安額を取りまとめた。
 現在の1004円からの引き上げ幅は50円で23年度の43円を上回り、上げ幅は過去最大、時給は最高になった。
 賃金は、今春闘で賃上げが相次ぐなど上昇傾向にある。とはいえ、物価変動を考慮した実質賃金は2年以上もマイナスで、労働者が厳しい環境に置かれる状況は変わっていない。
 全労働者に適用される最低賃金の引き上げは、全体の底上げを図る上で不可欠だ。
 岸田政権が最低賃金の全国平均を30年代半ばまでに1500円に引き上げる目標を掲げていることもあり、企業側にも賃上げの必要性への理解は広がっている。
 しかし人件費の支払い能力は経営状況で異なる。原材料や燃料などの費用が上がり、利益が圧迫される中で、賃上げの原資を確保するのは容易ではないという中小零細企業はあるだろう。
 政府は6月に成長戦略として掲げる「新しい資本主義実行計画」を改定し、中小企業の賃上げ支援を柱に位置付けた。
 立場の弱い中小企業が価格転嫁を進めて人件費を引き上げやすくするため下請法を厳格化したほか、省力化に役立つAIやロボットなど自動化技術の導入を促進し、生産性を上げようとしている。
 政府はきめ細かく目配りし、中小零細企業最低賃金を上回る時給を支払えるように、支援策を急いで実行してほしい。
 注目したいのは、審議会が本年度の目安額の上げ幅で都道府県による差をつけなかったことだ。
 新型コロナウイルス禍にあった20年度などを除き、目安額は都市部で高く、地方は低く設定され、賃金格差が拡大する原因になっていたが、横並びとしたことでさらなる拡大は避けられた。
 ただ、時給が1163円と最も高くなる東京都と、最も低くなる943円の岩手県では220円、981円となる本県とでは182円の開きがある。
 最低賃金は47都道府県それぞれで設定され、今後の議論は都道府県単位の地方審議会に移る。
 昨年は目安額からの増額を選択した地方審議会が過半数に及び、本県は目安額に1円を、最大の佐賀県は8円を上積みした。
 賃金格差は都市部への人材流出の一因になり、若者をはじめ地域住民の注目度は高い。地方審議会には地元の企業・産業の実態に合う丁寧な議論が求められる。