賃上げ2024
中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)の小委員会は24日、2024年度の最低賃金の目安を全国平均で時給1054円にすると決めた。現在の1004円から50円の引き上げで、22年連続での増加となる。上げ幅は23年度の43円を上回って過去最大となった。物価上昇への対応を重視することで労使双方が折り合った。
最低賃金はパートも含めた全ての労働者に適用される時給の下限額で、毎年改定している。23年度からの伸び率は4.98%で、1982年度の5.28%以来の高い水準となった。
2024年の春季労使交渉の賃上げ率が連合のまとめで平均5.1%と33年ぶりの高水準となり、最低賃金も同程度の引き上げが必要と判断した。消費者物価指数(持ち家の家賃相当分を除く総合)は前年比で3%前後の伸びが続いており、物価上昇への対応も求められていた。
引き上げの目安は都道府県を3つのグループに分けて示した。3グループとも50円とし、目安通りに引き上げる場合、最も高い東京都の最低賃金は1163円、最も低い岩手県は943円となる。全都道府県で900円を上回り、1000円を超えるのは現在の8都府県から16都道府県に拡大する。
人手不足を背景に、各地で人材の奪い合いは激しくなっている。賃上げの必要性が高まっていることから、23年度は24県が目安を上回る引き上げを決めた。
24年度も同様の動きが広がる可能性がある。岩手県の達増拓也知事は5月に、岩手労働局に最低賃金引き上げへの取り組みを初めて要請した。徳島県の後藤田正純知事は7月5日に知事として初めて同県の地方審議会に出席し、最低賃金について「1000円を超えることを強く望む」と述べた。
岸田文雄首相は23年に30年代半ばまでに全国平均を1500円とする目標をかかげた。35年までに実現するには毎年3.4%ペースで引き上げる必要がある。
政府をあげて取り組みを強化しているものの、海外との比較では日本の低さが目立つ。経済協力開発機構(OECD)によると、物価の違いなどを考慮した購買力平価で換算した日本の最低賃金は22年時点でフランスやドイツより4割近く低い。
24日までの小委員会には連合傘下の労働組合の代表者、経団連や日本商工会議所といった経済団体の事務担当者、学識者で構成する公益委員の3者が出席した。公益委員が示した引き上げ額を労使双方が同意した。25日に開く審議会で答申をとりまとめる。
2024年度の最低賃金が全国加重平均で時給1054円を目安とすると決まったことで、企業はさらなる賃上げを迫られることになる。各業種で人手が不足し、企業間で独自の賃上げは進む。ただ、経営体力に乏しい中小・零細企業が一方であり、賃上げ余力の格差は広がりかねない。生産性の向上が課題となる。
厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、5月のパート時給(速報値)は1328円と前年同月から4%上がった。21年7月から2年11カ月連続で上昇を続けている。最低賃金の引き上げ幅は24年度に過去最大の50円とすることが決まった。足元のパート時給は引き上げ後の最低賃金をすでに270円ほど上回っている。
円安や原燃料高などで企業活動に必要なコストは以前に増して膨らんでいる。人材獲得の競争も激しくなり、賃上げへの対応を巡って企業間で明暗が分かれている。
足元のパート時給はすでに最低賃金を上回っている
都市部のスーパーなどパートやアルバイトが多く求められる大手の小売業はすでに最低賃金の伸びを上回る賃上げに動いている。イオンは中核子会社のイオンリテールが24年の春季労使交渉でパートの時給を7.02%引き上げた。ニトリホールディングスもパート時給の伸び率が6.01%に達した。
連合の集計によると、24年交渉での有期・短時間・契約といった労働者の時給の伸び率は回答した386組合の加重平均で5.74%だった。ある大手小売業の担当者は「以前から独自に賃上げを続けており、今回の最低賃金の引き上げによる経営への影響はほとんどない」と話す。
一方、中小・零細企業のなかには民間で広がる賃上げの勢いに追いつけない事例も増えている。厚労省が発表した従業員30人未満の企業における24年の賃上げ実績は、1年前から継続して働く労働者の24年6月時点の時給が前年同月から2.8%の上昇にとどまった。伸び率は拡大したものの、大手には見劣りしている。
従業員30人未満の中小・零細企業に限ると、影響率は21.6%まで高まった。小規模事業者の時給が最低賃金に近い水準にあることを表している。近年は最低賃金の大幅な引き上げが続いており、影響率は拡大傾向にある。
自動車メーカーに部品を卸す中小製造業の経営者は「人件費の増加分を価格転嫁できないケースが多く、経営体質を改善できなければ最低賃金の引き上げについていくのは厳しい」と語る。賃上げへの余力を巡っても二極化が浮かび上がる。
最低賃金が上がれば、税や社会保険料の負担が増える「年収の壁」を意識した就業調整が広がる可能性もある。パートを多くかかえる地方の小売業からは「稼ぎ時の年末にしわ寄せが来るかも」と人手不足に拍車がかかる事態を懸念する声が漏れる。
企業側で賃上げに対応し続けるには生産性の向上を通じた収益改善や、企業の再編・統合などで事業規模を拡大するといった取り組みが求められる。賃上げ分を含めて大企業側が価格転嫁に応じる姿勢も欠かせない。
リクルートワークス研究所の坂本貴志研究員は「単に賃上げするだけでは人件費が増加し、企業は対応しきれなくなる。省人化投資や業務内容の見直しに加え、中長期的にはM&A(合併・買収)などで競争力を高めようとする動きが広がる」との考えを示す。