違法取り調べ 検察改革で一掃せねば(2024年8月22日『東京新聞』-「社説」)
大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件で、違法な取り調べがあったとして大阪高裁は担当検事を特別公務員暴行陵虐罪で刑事裁判にかけることを決めた。検察の取り調べでは、これまでも威圧的言動や供述誘導が問題となった。違法な取り調べを一掃せねば国民の信頼は得られまい。
「付審判(ふしんぱん)」と呼ばれる制度に基づく決定だった。検事や警察官などによる犯罪を告訴・告発したものの不起訴になった場合、裁判所に刑事裁判を開くよう求める制度である。検察官に対する付審判請求が認められたのは初めてで、今後は裁判所が検察官役の弁護士を指定して、公判が始まる。
不動産会社元社長(無罪確定)が、2019年の田渕大輔検事による取り調べに違法があったと申し立てた。田渕検事は元社長の部下に対し、机を叩(たた)き、大声で詰問し、「検察官は人の人生を狂わせる権力を持っている」などと約50分にわたり威圧的な言動を繰り返した。「検察なめんなよ」などと罵倒もした。
大阪高裁は「被疑者を畏怖させ、不安を抱かせて、検察官に迎合する虚偽供述を誘発する危険性が大きい」と述べたうえ、「脅迫としても態様や程度は著しく、陵虐行為に該当する」と断じた。
検察官は刑事司法での強大な権限を持つ責務の重さをまず自覚すべきであり、その権限行使は法令に忠実でなければならない。
録音・録画された状態での不当行為だったにもかかわらず、検察内部で適切な対応が取られた形跡はなかったことも罪深い。
録音・録画制度は10年の大阪地検の証拠改ざん事件を受けて本格的に導入された。検察改革の一環でもあった。それでも不当な取り調べが続いているわけで、検察当局は組織全体の問題として深刻に受け止めねばならない。
改善すべき点は自(おの)ずから明らかだ。供述依存の捜査から脱することである。欧米では当然とされる取り調べへの弁護人の立ち会いも、法律で明確に認めるべきだ。録音・録画をすべての被疑者と参考人の取り調べに義務づけることも当然である。
供述依存から脱するため、さらに踏み込んだ検察改革で取り調べの適正化を図るべきだ。
特捜検事を「起訴」 不当取り調べの根絶急務(2024年8月17日『毎日新聞』-「社説」)
捜査に関わった検事らの姿勢を批判するプレサンスコーポレーション元社長の山岸忍氏(手前)。業務上横領容疑で逮捕されたが、無罪が確定した=大阪市北区で2024年6月18日、高良駿輔撮影
違法な取り調べをしたとして、検察官が刑事責任を追及されることになった。前代未聞の事態だ。
問題になったのは、2019年に不動産会社の社長が業務上横領容疑で逮捕され、後に無罪が確定した事件である。
この検事は社長の部下を取り調べた。約50分にわたり、「検察なめんなよ」「あなたの人生を預かってるのは私なんだ」などと一方的に責め立てた。
机をたたいて威圧し、怒鳴って弁解を遮ることもあった。
高裁は「容疑者を畏怖(いふ)させ、弁解の気力を奪うもの」と指摘した。検察官に迎合して虚偽供述をする危険性が高いと批判した。
部下は当初、自身や社長の関与を否定したが、こうした取り調べの後に一転して認めた。特捜部が社長を逮捕、起訴する決め手になったが、裁判では信用性に欠けると判断された。
検察が描いた事件の構図に沿う供述を引き出そうと、侮辱したり脅迫したりするような言動を繰り返したとすれば、言語道断だ。
取り調べの様子は録音・録画されていた。にもかかわらず、不当な言動がなされ、検察内部でも問題視されなかった。その理由や背景を裁判で解明する必要がある。
検察は自ら犯罪を捜査し、訴追する強大な権限を持つ。独善に陥らず抑制的に行使し、容疑者の権利に配慮する姿勢が求められる。早急に検証し、再発防止に取り組むべきだ。
大阪地検特捜部では14年前、証拠改ざん事件が発覚し、強引な取り調べがあったことも明るみに出た。反省を踏まえ、検察改革が進められたはずだ。
それでも、取り調べが問題になる事例が相次ぐ。横浜地検の検事による取り調べを違法と認め、国に賠償を命じる判決も出された。
自白を得られる検事が評価される現状がある。しかし、自白偏重の捜査は冤罪(えんざい)を生みかねない。
今回のケースを組織全体の問題として深刻に受け止めなければならない。抜本的に体質を改めなければ国民の信頼は取り戻せない。
検察の取り調べ 威圧的な手法を招く自白偏重(2024年8月14日『読売新聞』-「社説」)
検事が容疑者に暴言を吐き、無理に供述を得ようとする不当な取り調べが問題になっている。自白を過度に重視する捜査手法の見直しを急がなければならない。
大阪地検特捜部が手がけた業務上横領事件で違法な取り調べをしたとして、大阪高裁が、事件の担当検事を特別公務員暴行陵虐罪に問う刑事裁判を開く決定をした。取り調べを巡り、検事を刑事裁判に付す決定は初めてとなる。
検事は2019年、不動産開発会社の元部長を取り調べた際、机を 叩たた いて「検察なめんなよ」「あなたは大罪人」と発言した。元部長は上司だった元社長の事件への関与を認め、特捜部はこの供述に沿って元社長を逮捕した。
しかし、元社長の裁判では、元部長の供述の信用性が否定され、元社長は無罪が確定した。高裁は今回、検事が50分間にわたって元部長を責め立てた点を踏まえ、「威圧的、侮辱的な言動を続け、不法だ」と強く非難した。
人格を攻撃し、容疑者を 萎い 縮しゅく させて、特捜部の見立てに沿った供述を得ようとしたのだろう。事件の真相を解明するという検事の職責からもかけ離れている。
近年、検事の不当な取り調べが相次いで発覚している。
東京地裁は7月、横浜地検の検事が、逮捕した元弁護士を「ガキ」「お子ちゃま」と呼んで侮辱したなどとして、110万円の賠償を国に命じた。元弁護士は黙秘を貫いていた。憲法が保障する権利を 蔑ないがし ろにしたと言う他ない。
いずれのケースも、取り調べが録音録画されていたため、映像を検証して発覚した。カメラがあるのに、検事が威圧的な言動を続けた点に問題の根深さがある。
検察では、容疑者から自白を得られないと組織内で評価が下がるとされる。こうした文化が重圧となり、強引な取り調べを生んでいるのではないか。検事に罪悪感さえないとすれば深刻な状況だ。
現在、検事の取り調べの録音録画は、容疑者が逮捕された事件の9割超に上るが、任意の取り調べには適用されていない。範囲を拡大することが不可欠だ。
裁判では、容疑者の自白が重視され、有罪の根拠とされるケースが多かった。自白偏重を許してきた裁判所の責任も重い。
検察官を付審判 裁判所の決定を支持する(2024年8月14日『産経新聞』-「主張」)
検察官の取り調べが不当なものになっているのではないか。膨らむ疑念を、ついに裁判所も放置できないと判断したのだろう。
請求していたのは、この検察官が大阪の特捜部時代に担当した事件の元被告だ。威圧的とされた検察官調べが同罪に当たるか否か、が審理される。
検察の取り調べに対する疑念は急に生じたものではない。
横浜地検が逮捕し、黙秘する元弁護士に、検察官は「取り調べ中断してすいませんでしたとか言うんじゃねえの、普通。あなた被疑者なんだから」「お子ちゃま発想だったんでしょうね」「ガキだよね」などの発言を繰り返し、東京地裁から「侮蔑的表現で人格権の侵害に当たる」と賠償命令を受けた。
大阪で付審判請求した会社社長は1審無罪となり、検察は控訴できなかった。起訴を支えた元部下の供述を引き出したのが、審判に付される検察官だ。「大悪人」「検察なめんなよ」と罵倒し、机を叩(たた)く調べの結果、社長関与の供述が出た。国家賠償訴訟の法廷で、取り調べ映像の一部が公開された。
これ以前には参院選広島選挙区の買収事件で、不起訴をちらつかせ供述誘導したと疑われ、検察が内部調査に追われた。
自白や証言を得るために、容疑者や参考人を脅し、人格を貶(おとし)めるなど、あってはならない。冤罪(えんざい)を生む原因になる。刑事司法は幾度となくその構図を目の当たりにしてきたはずだ。それでもこうした調べがなくならないことに強い疑問を感じる。
大阪地検の証拠改竄(かいざん)事件を受け、平成23年に定めた「検察の理念」は「取り調べの任意性に配慮し、真実の供述が得られるよう努める」と謳(うた)う。検察官の中でこれが生きているか。
逮捕、起訴など刑事司法の全権限を握る検察は、特定機関から運用をチェックされることなく、独善に陥りがちだ。取り調べ問題を改善できぬ体質は、独善がもたらす弊害でないか。
取り調べ実態を法廷で明らかにし、是非を問うことは、検察にも意味がある。付審判を認めた大阪高裁決定を支持する。
検察の違法捜査 供述依存、根本から見直せ(2024年8月12日『信濃毎日新聞』-「社説」)
供述に依存している捜査に根本的な改善を迫る決定だ。
業務上横領事件で逮捕、起訴され、無罪となった不動産会社の元社長が特別公務員暴行陵虐罪で裁くよう求めていた。請求を棄却した大阪地裁の決定を取り消した。
「元社長も共犯」という特捜部の見立てに沿った供述を引き出すため、検事は元社長の部下を連日取り調べ、机をたたき、長時間にわたって大声で威圧、罵倒した。大阪高裁はこれを「検察官に迎合する虚偽供述を誘発する危険性が大きい」と重く見た。
注目すべきは、それを検事個人ではなく、組織の問題だと指摘している点だ。
にもかかわらず、ほかの検察官がとがめるなどした形跡がなく、「検察庁内で深刻に受け止められていないこと自体がこの問題の根深さを物語っている」と指摘。あらためて捜査、取り調べのあり方を「組織として真剣に検討」すべきだとした。
怪しいとにらんだ市民を長時間拘束し、自らの筋書き通りの供述を得ようとする取り調べは最近も次々問題化している。
融資金を詐取したとして東京地検特捜部に逮捕、起訴された会社社長も長時間の取り調べで威迫、侮辱を受けたと訴え、国に賠償を求めて裁判を起こした。
強大な権限を持つ捜査機関がその行使を誤れば、市民の人生はいとも簡単に壊される。ところが大阪高裁の今回の決定に、検察内にはなお「個人の問題」「現場が萎縮する」との声があるという。
「人質司法」とかねて批判されてきた供述偏重の捜査のあり方を根本から改めるべきだ。取り調べの録音・録画をすべての事件、参考人にまで広げること、取り調べに弁護人を立ち会わせること。それらが最低限必要になる。
検事の威圧は冤罪を生む(2024年8月12日『熊本日日新聞』-「社説」)
特捜検事の威圧的な取り調べが刑事責任を問われる異常事態だ。検事個人の過ちではなく、組織全体の姿勢に問題の根があるのではないか。検察に徹底した検証と改革を迫る司法判断といえよう。
大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件で、無罪となった不動産会社元社長による担当検事の刑事裁判を求めた付審判請求は、大阪高裁が特別公務員暴行陵虐罪で公判を開く決定をした。検事に対する請求を認めたのは初めて。裁判長は「威圧的、侮辱的な言動を一方的に続け不法」と断じた。
虚偽の供述を誘発
高裁決定によると、この検事は元社長の当時の部下を取り調べた際、机をたたきながら「こっちをなめているんだろう」「検察官には人の人生を狂わせる権力がある」などと怒鳴り、長時間にわたって責め立てた。供述を強要した疑いは免れず、決定が「検察官に迎合する虚偽供述を誘発しかねない」と指摘したのは当然だ。
部下は当初、元社長の関与を否認したが、検事の取り調べで関与を認めた。特捜部は元社長の有罪を裏付ける証拠としたものの、公判では供述の信用性を否定された。元社長は無罪が確定したとはいえ、まさに冤罪[えんざい]寸前だった。捜査ミスでは済まない。自白、供述偏重の捜査で数々の冤罪を生んだ反省が全く生かされていない。
この取り調べは録音・録画されていた。裁判長は「ほかの検察官も見聞きしたはずなのに、検察が適切に対応した形跡はみられず、問題の根深さを物語っている」と言及した。組織として威圧的な態度を許容したに等しい。「不法捜査」を自覚できなければ、同じような事態が繰り返されかねない。
黙秘権を保障せず
検察の捜査は、事件の「筋」を描くところから始まりがちだ。あらかじめ容疑者を想定し、役割を見立て、筋書きに沿った供述を誘導する危うさをはらんでいる。
大阪地検特捜部では2010年に証拠改ざん事件が起きた。その翌年発足した法相の諮問機関「検察の在り方検討会議」は、根源的問題として「極端な調書偏重の風潮」を挙げた。取り調べの録音・録画の範囲を広げ、内部のチェック体制強化を進めてきたが、不法な取り調べをなくせない現状を改めて反省、検証すべきだ。
現在は裁判員裁判の対象事件などに限られている録音・録画をさらに拡大し、取り調べに弁護士立ち会いを認めるなどの抜本的な再発防止策の検討も必要だろう。
元弁護士が黙秘権を行使したのに対し、担当検事は「お子ちゃま発想」「うっとうしい」などと述べたという。判決は「黙秘を解いて供述させようとしており、黙秘権保障の趣旨に反する」と批判した。憲法に定められた権利をないがしろにして、まっとうな取り調べができるとは思えない。
適正捜査へ転換を
最高検が11年に策定した「検察の理念」は、基本的人権の尊重と適正な刑事手続きを掲げる。無実の人を罰しないように「被疑者・被告人の主張に耳を傾ける」「十分な証拠の収集・把握に努める」と誓ってもいる。検察は起訴権を独占し、強力な捜査権限を有するが故に、冤罪を防ぐ責任もまた重いと肝に銘じてほしい。
先月就任した畝本直美検事総長は、会見で「検察に厳しい目が注がれている。適正な検察権の行使に努める」と語った。起訴、有罪判決を目指すだけが「適正」ではなかろう。国民は確かな捜査力を期待、信頼するからこそ、事件と容疑者に謙虚に向き合う姿勢を求めているはずだ。
「取り調べにいろんな批判があるのは分かります。それでも捜査実務ではなお、自白が『証拠の王様』として重視されているんですよ」。もう20年以上前、青森地検の検事からそんな本音を聞いたことがある。
被疑者や被告人が犯罪事実、つまり自分に不利な事実をあえて認めるのだから信じるに値する-。自白が証拠の王と称される理屈である。無論、自白だけで有罪とはならないが、捜査機関が自白獲得に血眼になるのは有罪判決への前進となるがゆえだ。
とはいえ自白偏重の風潮は時に暴走を生む素地となる。大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件で違法な取り調べがあったとして、無罪が確定した不動産会社元社長の男性が、特別公務員暴行陵虐罪で担当検事の刑事裁判を開くよう求めた付審判請求で、大阪高裁は検事を審判に付す決定をした。
検事は、男性の元部下の取り調べで「検察なめんなよ」「大罪人」などと長時間罵倒して責め立てたとされる。高裁決定は、威圧的な言動が「検察官に迎合する虚偽供述を誘発しかねない」陵虐行為に該当すると断じた。
さらに決定は「問題が検察内部で深刻に受け止められていない」とも批判した。大阪地検と同様の問題は最近少なくない。「権限行使が独善に陥ることなく…」と明記する「検察の理念」が空証文と化していないか、組織の体質そのものも問われよう。
目に余る検察の不当取り調べ(2024年8月5日『日本経済新聞』-「社説」)
密室の中で、検察の不当な取り調べが横行しているのではないか。そう疑わせる事例が相次いで明らかになった。
容疑者らを脅したり人格をおとしめたりして、自白や都合のいい証言を得ようとする行為はあってはならない。本人の意に沿わない供述は冤罪(えんざい)を生む。背景を検証し、再発防止を徹底しなければならない。
東京地裁の判決によると、犯人隠避教唆容疑で横浜地検に逮捕された元弁護士が黙秘したところ、検事が「あなたの言っている黙秘権ってなんなんですか、全然理解できない」「お子ちゃま発想」などの発言を繰り返した。判決は「侮辱的な表現で、人格権の侵害にあたる」と断じた。
これは特異な事例ではない。不動産会社の元社長が国を訴えた訴訟では、「会社の評判をおとしめた大罪人」などと関係者に詰問する様子が流された。参院選広島選挙区を巡る買収事件でも、有利な処分をにおわせ供述を誘導しようとした事案が明らかになった。
証拠改ざん事件などを契機に、取り調べの可視化(録音・録画)が19年に義務化された。元弁護士に対する取り調べの状況もこの記録で裏付けられた。
だが義務付けは裁判員裁判対象事件や検察の独自事件に限られ、事件全体の3%に過ぎないとされる。対象の拡大に向けた議論を急ぎたい。
検察の「違法」取り調べ 容疑者の権利守る制度に(2024年7月29日『毎日新聞』-「社説」)
検察官の取り調べを違法と認めた東京地裁判決を受け、記者会見する男性(中央)=東京都内で2024年7月18日午後1時12分、菅野蘭撮影
裁判で有罪が確定するまでは無罪と推定される。そうした刑事司法の原則をないがしろにし、容疑者の権利を損なう行為だ。
男性は2018年に逮捕され、最初に容疑を否認した後は一貫して黙秘した。検察官は、男性の過去の弁護活動に関し「お子ちゃま発想」「ガキだよね」などと述べた。「社会性がちょっと欠けてんだよね」とも発言していた。
判決は「侮辱的な表現や、やゆする発言を執拗(しつよう)に繰り返し、人格を不当に非難した」と指摘した。
犯人と決めつけて相手を挑発し、供述を引き出そうとする態度がうかがえる。憲法で保障された黙秘権の趣旨にも反するものだ。
検察の取り調べが問題になるケースが相次いでいる。
19年に不動産会社社長が業務上横領容疑で大阪地検特捜部に逮捕され、後に無罪となった事件が、その一つだ。社長の部下を取り調べた際、検察官が「検察なめんなよ」「大罪人」と発言し、机をたたくこともあった。
東京地検特捜部が手がけた事件でも、検察官から侮辱的な発言を繰り返し受けたなどとして、会社社長が今月24日、国に賠償を求める訴訟を起こした。
密室での取り調べが録音・録画されていたため、明るみに出た。検察が独自に捜査する事件や裁判員裁判の対象事件で、義務化されている。
捜査が適正だったかを検証する上での録音・録画の必要性が確認された。それだけでは、不当な取り調べがなくならないことも、一連の問題で浮き彫りになった。
検察には、犯罪捜査のために強い権限が与えられている。だからこそ、抑制的に行使し、容疑者の権利を尊重する姿勢が求められる。検察全体の問題として、再発防止に取り組むべきだ。
事件の動機や経緯を解明しようと、捜査機関は容疑者の供述に重きを置きがちだ。だが、自白偏重の捜査は冤罪(えんざい)を生みかねない。
取り調べに弁護士の立ち会いを認めるなど、容疑者の権利を守る仕組みを拡充する必要がある。
検事の取り調べ 黙秘権の侵害は違法だ(2024年7月29日『東京新聞』-「社説」)
検事の取り調べで黙秘権を侵害されたとする事件が相次ぐ。「ガキだよね」などと言われた元弁護士が損害賠償を求めた裁判では東京地裁が「人格権の侵害で違法」と断じた。大阪地裁でも録音・録画が開示され、検事の威圧的な取り調べが問題になった。検察は適正な取り調べに徹するべきだ。
横浜地検検事は取り調べで「黙秘権って何なんですか。全然理解できない」「お子ちゃま発想でしょうね、あなたの弁護士観は」「うそつきやすい体質なんだから、あなたは」などと発言した。
黙秘権を侵害したと受け止められて当然だろう。東京地裁は判決で「ことさら侮辱的、揶揄(やゆ)する表現を使い、弁護士能力などに問題があると繰り返し指摘し、人格を不当に非難した」と述べた。
裁判では取り調べの録音・録画データを弁護側が証拠請求し、地裁の勧告を受けて国側が提出した。取り調べ映像の一部が法廷で再生され、「密室」の取り調べの様子が明らかになった。
黙秘権は自己の供述したくない事柄について沈黙する権利だ。憲法38条は「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と規定し、刑事訴訟法にも黙秘権の保障が記されている。検察官は黙秘権を告知する存在でもある。
東京地検特捜部が捜査した詐欺事件でも会社社長が黙秘したところ、検事から「反社(反社会的勢力)や完全に」などと言われたとして提訴している。
大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件で無罪が確定した不動産会社元社長も違法な取り調べを訴え、裁判になっている。担当の検事が「検察なめんなよ」などと発言。検事が罵倒したり、机をたたいたりもしたという。
密室での威圧的な言動は供述の強要や誘導につながり、冤罪(えんざい)を生む原因とも指摘される。
録音・録画は裁判員裁判や検察の独自捜査の事件など、一部で義務化されているにすぎない。しかし、実際の捜査では任意段階で取り調べは始まる。録音・録画は全事件を対象にし、任意段階を含む全過程に広げるよう求める。
検察の取り調べ 黙秘権がないがしろに(2024年7月29日『信濃毎日新聞』-「社説」)
その権利の行使を捜査当局がないがしろにし、人格をおとしめる言動で被疑者を追いつめている実態が明らかになった。横浜地検の検事から不当な取り調べを受けたとして、元弁護士が国に損害賠償を求めた裁判である。
東京地裁が判決で、人格権の侵害を認め、賠償を国に命じた。黙秘の意思を示した後も取り調べを続けたこと自体は黙秘権の侵害にあたらないとしたものの、侮辱的な発言を繰り返して供述させようとしたことは、黙秘権の保障の趣旨に反すると述べている。
「ガキだよね」「元々、うそつきやすい体質」「あなたの言ってる黙秘権って何なんですか」…。黙秘を非難し、検事に対して服従的な態度を求める発言があったことも認定し、違法と断じた。
元弁護士は、交通事故を起こした男性に虚偽の供述をさせたとして有罪が確定している。起訴前の21日間、計56時間に及んだ取り調べの録音・録画が、今回の裁判で証拠として採用された。
それは、録音・録画による可視化が、無茶な取り調べの歯止めになっていない証左でもある。刑事手続き上、被疑者は黙秘権を行使した場合も取り調べには応じる義務があるとされ、黙秘権は防御の盾になり得ていない。
逮捕、勾留された被疑者は、圧倒的な優位に立つ捜査側と一人で向き合わざるを得ない立場に置かれる。権利を確保するには、取り調べに弁護人の立ち会いを認めることが不可欠だ。
容疑を認めない限り身柄の拘束を解かない「人質司法」や、密室での執拗(しつよう)な取り調べは、虚偽の自白の強要につながり、冤罪(えんざい)を生む素地になってきた。捜査段階の供述を偏重する刑事裁判のあり方も問われなければならない。
黙秘権をめぐってはほかにも、融資を詐取したとして東京地検特捜部に逮捕、起訴された会社社長が国に賠償を求める裁判を起こした。長時間の取り調べで「検察を敵視するってことは反社(反社会的勢力)や」といった威迫、侮辱を受けたと訴えている。
黙秘の意思を示しても取り調べが延々と続く現状は、黙秘権が保障されていると言えるのか。相次ぐ裁判や、取り調べを拒む権利の実現に動く弁護士らの問題提起を受けとめ、刑事司法のあり方について広く議論を興したい。
検察の取り調べ 教訓生かされているか(2024年7月23日『北海道新聞』-「社説」)
大阪地検特捜部でも検事の暴言が明らかになっている。
不当な取り調べが冤罪(えんざい)の温床になりかねないことは、これまで何度も指摘されてきた。
なのに、過去の反省と教訓が組織に生かされているのか甚だ疑問だ。徹底検証し、旧態依然の体質が残っているのなら一掃すべきだ。
横浜地検の検事は、捜査対象の元弁護士が黙秘権を行使したのに取り調べを続け、「ガキ」「お子ちゃま」などの発言をしたとして、元弁護士から国相手の訴訟を起こされた。
憲法38条は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」として黙秘権を保障する。
判決は地検の取り調べが人格権を侵害したと認め、「侮辱的な表現で黙秘を解いて供述させようとした」ことを黙秘権の保障の趣旨に反すると断じた。
一方、大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件で無罪が確定した元社長が違法捜査を訴えている訴訟では、6月に大阪地裁で検事の証人尋問があった。
検事は、関係者の取り調べで「検察なめんなよ」と発言したことを「不穏当」と認めた。
いずれのケースも、有罪立証のために描いた「筋書き」に沿う供述を無理に引きだそうとした疑いがうかがわれる。
村木さんの事件では、大阪地検特捜部検事による関係者に対する供述誘導や脅しが激しく、証拠の改ざんまで行われた。
この反省から取り調べの録音・録画が一部で導入された。検察は倫理規定「検察の理念」を定め、人権の尊重や供述の任意性の確保を約束した。
今回の東京地裁の審理が録音・録画データに基づき進められたのはその成果と言える。しかし、「理念」の達成からほど遠いのは明らかだろう。
元大阪地検検事正が準強制性交の罪で起訴されるという言語道断の事態も起きている。
6年前の容疑が今になって立件された経緯などについて、検察は説明責任を果たすべきだ。
女性初の検事総長となった畝本直美氏は就任会見で「検察に厳しい目が注がれている。適正な検察権の行使に努める」と述べた。検察は起訴を判断する強大な権限を握る。謙虚な姿勢を常に忘れてはならない。