被疑者をガキ呼ばわり…違法取り調べ、録画導入後も続々 検事が「カメラの存在を忘れる」ほど必死になる理由(2024年7月19日『東京新聞』)

 黙秘する容疑者に「ガキだよね」などと発言した横浜地検の検事の取り調べを、東京地裁は18日「人格権の侵害で違法」と断じた。検察の証拠改ざん事件を受けて取り調べの録音録画が本格導入された後も、不適正な取り調べは相次いで発覚している。弁護士らは制度の抜本改善を求める。 (中山岳)
◆あの手この手でプライドを傷つける
 「黙秘権保障の第一歩になる」。原告の江口大和氏(38)の代理人を務める趙誠峰(ちょうせいほう)弁護士は、記者会見で判決の意義を語った。
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江口大和氏の取り調べを録音録画した映像=江口氏の弁護団提供
 
 訴訟の審理では、取り調べの様子を録音録画した映像が法廷で再生された。目を閉じて黙秘する江口氏に、検事が「あなた被疑者なんだよ、犯罪の」などと一方的に話す様子を生々しく伝えた。
 趙弁護士は「捜査官が取り調べで、あの手この手を使い、(黙秘する容疑者の)プライドを傷つけて不安にさせ、反論させようというのは、今も日常的にある」と指摘する。代理人の宮村啓太弁護士は「裁判官や傍聴人が法廷で映像を見ることは重要。取り調べの実態について知ってもらいたい」と述べ、判決が不適正な取り調べの抑止につながることを期待する。
◆机たたいて「検察なめんな」と怒声
 法廷で取り調べ映像を再生できたのは、2010年の大阪地検特捜部検事の証拠改ざん事件をきっかけに、検察の独自捜査事件などで、逮捕後の取り調べを全て録音録画することが義務付けられたからだ。江口氏の事件も、横浜地検特別刑事部の独自捜査で、対象となっていた。
 ただ、カメラが回っていても、検事が不適正な取り調べをする場合があることが明らかになっている。
 大阪地検特捜部に業務上横領の疑いで逮捕、起訴され、21年に無罪が確定した不動産会社の元社長が国に損害賠償を求めた訴訟で、検事が元社長の部下の取り調べで「検察なめんな」と怒鳴り、机をたたいていたことが録音録画で判明。この検事は法廷での証人尋問で「不穏当だった。真摯(しんし)に取り調べに向き合ってほしかった」と釈明した。
◆問題検事を生むのは「成功体験」
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 元社長の代理人の秋田真志弁護士は「検事は取り調べが進むにつれカメラの存在を忘れる。自分たちの見立てに沿う供述を取ることに必死で、取り調べを、見立てを押しつける場にしてしまう」と述べ、録音録画の効果の限界を指摘する。
 不適正な取り調べは、録音録画の対象外の事件でも明らかになった。
 19年の参院広島選挙区の公選法違反事件を巡り、被買収の罪に問われた元広島市議への任意の取り調べで、検事が「できたら議員を続けていただきたい。レールに乗っていただきたい」などと発言。最高検は調査の結果、不起訴を期待させて不適正だったと認めた。
 ある検察幹部は「問題になる検事は、過去に同様の取り調べをして供述を取れた『成功体験』がある」と話す。それでも「内部で問題を指摘して指導すれば、ほとんどの検事はその後は改める」と現行制度で対応できることを強調する。
◆弁護士の立ち会いなど監視制度を
 しかし、東京都立大の堀田周吾教授(刑事訴訟法)は「録音録画の『慣れ』が検察内部に広がり、導入当時の危機感は薄れている可能性がある。改めて黙秘権を含めた被疑者の権利や適正な取り調べに意識を向ける必要があるのでは」と指摘する。
 秋田弁護士は、検察内部の調査や指導では再発防止に不十分として「取り調べへの弁護士の立ち会いを含め、監視する制度が求められる」と述べた。
 取り調べの録音録画 自白強要など違法な取り調べを防ぎ、公判で供述の任意性などを立証するため、取り調べの状況を音声と映像で記録する。検察は2006年、警察は2008年から裁判員裁判対象事件の一部で始めた。厚生労働省村木厚子元局長の無罪が確定した文書偽造事件をきっかけに捜査・公判改革が議論され、2016年5月、裁判員裁判事件と検察の独自捜査事件を対象に、逮捕後の取り調べ全過程の録音録画を義務付けた改正刑事訴訟法が成立した。任意段階や参考人の取り調べは対象外。最高検によると、2023年度の録音録画件数は10万1418件。
 
 

違法取り調べ「黙秘権保障の議論を」 検事が容疑者に「ガキ」発言(2024年7月18日『毎日新聞』)
 
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検事から違法な取り調べを受けたと記者会見で訴える江口大和さん(中央)=東京・霞が関の司法記者クラブで2024年1月18日午後3時16分、巽賢司撮影
 
 横浜地検の検事から取り調べ中に「ガキ」「お子ちゃま」などと言われて精神的苦痛を受けたとして、犯人隠避教唆罪で起訴され、有罪が確定した元弁護士の江口大和さん(38)が国に1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は18日、取り調べが違法だったとして国に110万円を支払うよう命じた。貝阿弥亮裁判長は「社会通念の範囲を超えて、人格権を侵害した」と認めた。
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 「供述を得ようとする検事の発言が許されないと判断され、とても良かった」。原告の元弁護士、江口大和さん(38)は東京地裁判決後に東京都内で記者会見し、国の賠償責任を認めた結論を評価した。
 訴訟では、国側が取り調べの録音・録画のデータを提出し、法廷で再生された。江口さんの代理人弁護士はデータをインターネットで公開し、注目を集めた。
 取り調べの録音・録画(可視化)は、容疑者の自白が自らの意思によるものだったのか判断するための補助的な証拠という位置づけで、2006年から検察で試行的に始まった。
 その後、10年の大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で検察捜査のあり方が問題視されたこともあり、裁判員裁判の対象事件や検察の独自捜査事件に対象が拡大された。可視化によって威圧的な取り調べや供述の誘導を防ぐ効果も期待されていた。
 だが、今回の訴訟では、取り調べが可視化された中でも、一部の検事が事件とは関係のない侮辱的な言動を容疑者に浴びせている実情が明らかにされた。江口さんの代理人の高野傑弁護士は「取り調べの映像が証拠として採用され、事後的な検証ができた」と訴訟の意義を語った。
 一方、判決は、江口さんが黙秘の意思を示した後も、56時間にわたって取り調べが続けられたこと自体は違法としなかった。江口さんはこの点を課題に挙げ、「取り調べを長時間受けさせられることのつらさを訴えたい」と語った。
 取り調べの録音・録画を義務付ける刑事訴訟法改正の議論にかかわった小坂井久弁護士は「検事の発言が人格権を侵害していることは明らか。判決を機に、黙秘権の保障についても議論を深める必要がある」と話した。【菅野蘭】