パラシュートで降下する女性が持つ「日の丸」がフランスの空に舞い、これを見上げる古江彩佳の目には涙があった。
奇跡ともいえる連続のロングパットを沈めて首位をとらえ、最終18番のイーグルで勝利を決めた。試合展開も優勝セレモニーも美しく、感動的だった。
海外の報道は153センチの古江の身長に焦点をあてた。「こんなに小さな女子選手が…」と。ただし米ツアーに参戦中の古江は今季、バーディー数や平均スコアなどで1位にランクされていた。飛距離では及ばなくても正確な技術や勝負強さで上位入賞を重ねていた。メジャー制覇も決してまぐれではない。
193センチの大谷翔平や203センチの八村塁が本場でも見劣りしない体格で大リーグや米プロバスケットボール(NBA)で活躍するのとは、また一味違う趣がある。来季は172センチの河村勇輝もNBAに挑戦する。小さくてもできる。古江の快挙はそんな勇気も与えてくれる。
日本女子の海外メジャー優勝は、1977年全米女子プロの樋口久子以降はなかなか届かなかった。2019年に渋野日向子が全英女子オープンを制すると、今季は全米女子オープンの笹生優花に続いて2人目の制覇だ。誰かが扉を開ければ、必ず続く者が出てくる。
古江は3年前の東京五輪では次点の3位で代表の座を逃し、パリ五輪代表を目指したがまたも次点に泣いた。五輪と同じ仏でのメジャー大会優勝に、古江の意地をみる思いだ。
今年の全米女子プロで2位に入り、古江を逆転してパリ五輪代表の座を射止めた山下美夢有はこの日、最終18番グリーンで古江を抱擁し、祝福した。山下は、古江より小さい150センチだ。ここにも世界に誇れる、小さな巨人がいる。
オリンピックは来週26日にパリで開幕する。一足早く仏の空に舞った「日の丸」を、大会の吉兆と受け止めたい。
古江メジャーV 世界を席巻する女子の強さ(2024年7月17日『読売新聞』-「社説」)
鮮やかな逆転劇は、まるでドラマを見るかのようだった。日本の女子ゴルフ界は近年、強さが際立っている。黄金期を迎えたと言えよう。
女子ゴルフの古江彩佳選手がアムンディ・エビアン選手権で優勝し、メジャー初制覇を果たした。日本勢のメジャー制覇は男女を通じて5人目となる。
最終日の終盤、ロングパットを次々と決め、3連続バーディーを奪った。最後はイーグルをもぎ取り、栄冠を手にした。偉業の達成に、心から拍手を送りたい。
優勝決定時に見せた涙と「パリには行くこともできなかったが、フランスのメジャーで勝てて気持ちを晴らすことができた」という言葉に実感がこもっていた。
実力者がそろう2000年度生まれの「プラチナ世代」を引っ張る存在だ。身長1メートル53は、米ツアーの中でも、ひときわ小柄だが、精度の高いショットとパットで、安定した強さを誇っている。
体格を生かして飛距離を稼ぐパワーゴルフ全盛の時代に、卓越した技術で立ち向かっている。スポーツは体の大きさだけではないことを示した。体格に恵まれない他競技の選手たちにも、勇気を届ける勝利だったのではないか。
日本のゴルフ界は、1977年に樋口久子選手が全米女子プロ選手権に勝って以来、40年以上、メジャー制覇から遠ざかった。しかし、2019年に渋野日向子選手が全英女子オープンを制すると、その後は、せきを切ったように優勝者が相次いでいる。
特に、女子の躍進は目覚ましい。元世界ランク1位の宮里藍さんにあこがれてゴルフを始めた選手たちの層が厚く、互いに 切磋琢磨せっさたくま している。そうした状況が、好結果を生んでいるのだろう。
パリ五輪には、2度の全米女子オープン制覇を果たしている笹生優花選手と、今年の全米女子プロ選手権で2位に入った山下美夢有選手が出場する。日本女子の実力を存分に発揮してもらいたい。
パリ五輪は26日に開幕する。選手たちの活躍から、目が離せない夏になりそうだ。
ラグビー元日本代表のウイング、福岡堅樹さんは子どものころピアノを習っていた。お気に入りはベートーベンの「悲愴(ひそう)」で繰り返し練習したという
▼そのせいか、ラグビーの試合中でも頭の中でベートーベンの曲が流れていたそうだ。頭の中の曲が集中力を高め、気持ちを落ち着かせる効果があった。試合中の運動選手には独特なメンタル術がある
▼この選手もユニークな方法で試合に臨んでいたようだ。女子ゴルフのアムンディ・エビアン選手権で優勝した、古江彩佳選手。日本勢の女子では樋口久子さん、笹生優花選手らに続く4人目のメジャー大会優勝者となった
▼最終日のプレー中に「メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー(フォースと共にあらんことを)」と頭の中で唱えていたと聞く
▼映画「スター・ウォーズ」のファンならおなじみだろう。説明が難しいが、「フォース」とは一種の超能力で、この言葉は善の心を持つジェダイ戦士たちの合言葉になっている。古江さん、この文句で自分を落ち着かせていたらしい
▼最大で3打差開いたトップとの差を終盤の5ホールで逆転。15番で決めた12メートルのバーディーパットや18番パー5の2オンを思えばなるほど「フォース」を信じたくなったが、無論、優勝は不思議な力のおかげなどではなく、正確なショットと小技のうまさ、それに諦めなかった強い心の賜物(たまもの)である。