主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の周りをぐるぐる駆け回るおじさんたちあってこそではある。彼らの絶妙な掛け合いが毎朝の楽しみですらあるのだから。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、愛すべき“おっさんズ”たちに注目しながら、『虎に翼』第15週を解説する。
愛すべき“おっさんズ”
『虎に翼』のおっさんたちがいい。主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、法律の道を志す直接的な理由になったと言っても過言ではない人事課長・桂場等一郎(松山ケンイチ)。大名家の生まれでありながらアメリカナイズされた、ライアンこと、久藤頼安(沢村一樹)。
戦中に女性初の弁護士になり、戦後まず判事補になった寅子の成長を押し上げる人たち。彼らの存在はあまりに大きい。法の下にそれぞれ奮闘する様は、愛と情熱の賜物だ。
酒の席で皿をがじがじ
でも老年の穏健派精神が寅子の逆鱗に何度も触れた人でもある。とはいえ、穂高によるゆるやかな連帯があったから、おっさんズの結束は固く守られてきたのだと思う。
第14週第70回、最高裁判所判事を引退したあと、穂高はこの世を去る。穂高を悼む酒の席。一番乱れたのは桂場だった。飲むペースを速めて、しまいには皿をがじがじとかじって口が血だらけ。への字型に固く結んだ口を口角あげあげのにんまり顔を初めて見せた。おっさんズの中では一番気難しい人の愉快な乱行。
あうんの呼吸で突っ走るふたり
桂場の乱行を見て、久藤も多岐川も寅子ですら、楽しく笑った。でも彼らの調和もここまでか……。じんわり関係性が変化する。原因は寅子にある。ラジオなどのメディア出演以来、一躍人気者になった寅子だが、あまりの忙しさが周囲の不和を助長させる。
家事部と少年部の対立を何とか説得し、家庭裁判所設立にこぎつけた多岐川と寅子は今や、あうんの呼吸。間違ったことを絶対に許さない理想主義的な性格も似ている。
肉弾的な瞬間
多岐川と寅子の改革は戦後の社会にとってはマストではある。でも突っ走り過ぎてちょっと周りが見えなくなるところがある。多岐川に比べると、桂場は常に冷静沈着で、上司への配慮は欠かさない。
アメリカンなナイスガイの久藤だって、しかるべきときには事態を静観しようとする。熱くなってばかりもいない、要領の良さがあるのだ。これは、おっさんズの中でも桂場と久藤には穂高イズムがしみこんでいるからだろう。
そんな中、寅子の異動が決まる。判事補から判事への出世ではあるものの、家庭局にとっては大きな痛手だと、多岐川は憤慨する。勢いあまって、桂場に掴みかかる。この肉弾的な瞬間、おっさんズの不調和は決定的となったのだろうか?
立ち返るべきは「つまり、愛だ」の言葉
不調和はおっさんズだけでなく、寅子の家庭内にも及ぶ。日々の激務から、娘・佐田優未(竹澤咲子)の日常の変化にまではなかなか気がつけない。ちょっとした違和感を家族たちが抱き、寅子との調和が保てない。
そんなときだった。帰宅した寅子に家庭内のことを彼女に代わってあずかる猪爪花江(森田望智)の本音が溢れ出る。「何、その言い方」と最初は寅子も噛みつくが、自分だけがズレてしまっている事実を痛感する。
家庭裁判所では他の家庭の揉め事を調停する立場にあるが、自分の家庭のことは花江に任せっきりだった。ここで立ち返るべきは、多岐川が口ぐせのように発する「つまり、愛だ」の言葉だろう。
第11週第55回、猪爪家も総出で年明けと同時に家庭裁判所の設立にこぎつけた。酔いつぶれた多岐川が「つまり、愛だ」と寝ぼけてつぶやく。家庭裁判所の父の下、そこにいた面々の間には確かに愛が宿っていた。おっさんズにしろ、猪爪家にしろ、この愛を早く取り戻す必要がある。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
【7月12日の虎に翼】第75話 多岐川らが寅子の壮行会を 香子と話せた寅子はよねたちの元へ(2024年7月11日『デイリースポーツ』)
汐見のはからいで、香子(ハ・ヨンス・左)と話すことができた寅子(伊藤沙莉)
寅子(伊藤沙莉)は家族に優等生であることを強いていたと反省する。多岐川(滝藤賢一)と汐見(平埜生成)らが、旅立つ寅子のために壮行会を開いてくれる。汐見のはからいで香子(ハ・ヨンス)と話が出来た寅子は、よね(土居志央梨)、轟(戸塚純貴)、梅子(平岩紙)にも別れのあいさつをするために上野を訪れる。
朝ドラ110作目の「虎に翼」は、日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ女性・三淵嘉子がモデルのオリジナルストーリー。戦前戦後に道なき道を切り拓いた、弁護士や裁判官など法曹たちの情熱あふれる世界を描く。ヒロインの寅子を演じるのは、ドラマや映画・舞台において、シリアスからコメディまで確かな演技力で活躍する女優・伊藤沙莉。脚本は、よるドラ「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞を受賞した吉田恵里香が担当する。