女性問題で辞任する日本企業の社長が増加中…私生活を管理できない経営者に「欠けているもの」(2024年5月15日『現代ビジネス』)

キャプチャ
 
 近年、女性問題で辞任に追い込まれる上場企業の経営者が増えている。企業のガバナンスが強化されたと見ることもできるし、ネットの発達でスキャンダルが拡散しやすくなっただけとも解釈できる。一部かはら「やり過ぎ」といった声も出ているようだが、私生活のリスクを管理できないようでは、上場企業の経営者として能力不足であることは明らかだ。こうした形での辞任が増え、トップの選別が進むことは、日本の企業社会にとって悪い話ではない。
 
 
企業のコンプラ意識は高まっている
 
キャプチャ2
ドラッグストア「ウエルシア」O-GUARD新宿店/編集部撮影
 
 イオン傘下のドラッグストア大手「ウエルシアホールディングス」は2024年4月17日、社長の松本忠久氏が辞任したと発表した。理由は私生活での不倫関係が確認されたことだとしている。
 2022年8月に石油元売り大手の会長が、高級クラブで女性従業員に性暴力を行ったことが発覚して辞任したほか、2023年8月には光学機器メーカー社長が愛人を出張に同伴させていたなどの理由で辞任に追い込まれている。上記の石油元売り会社は2023年にも社長が女性に対する不適切行為で辞任しており、2年連続で女性問題によるトップ交代となった。
 これまでの日本社会はコンプライアンスの意識が薄く、セクハラやパワハラなどが表面化するケースは少なかった。加えて、私生活の言動と会社の仕事は別という感覚が根強く残っていたこともあり、仮にセクハラや女性問題が取り沙汰された場合でも、内密に処理され、表向きは一身上の都合での辞任にとどまっていた可能性が高い。このため、近年になって、女性問題で辞任する経営者が本当に増えたのかは、何とも言えない部分がある。
 ただ、企業のコンプライアンス意識は確実に高まっており、多くの企業が内部通報制度などを整備し始めている。上記ケースでも内部通報が機能したケースがあるので、それなりに効果を発揮したともいえるだろう。加えて、社外役員が増えていることも一連の決断を後押ししていると考えられる。
社外役員の責任の重さ
 日本では社外役員をお飾りととらえる人も多いが、社外であっても法律上はれっきとした会社の経営者であり、その責任は極めて重い。会社の不祥事を見逃した場合には、善管注意義務違反が問われたり、株主から巨額の訴訟を受けるリスクもある。取締役会が内部昇格者だけの組織とは異なり、社外役員が在籍する取締役には会社としてけじめをつけることに対する強いインセンティブが存在している。
 
 
 話がすこしそれるが、社外役員の増加に伴い、単なる著名人というだけの理由で社外役員を招聘するケースも目立つようになってきた。そうした人物を役員に迎える企業側はともかく、社外役員に就任している本人が、社外役員が負うとてつもないリスクについて認識していないように見えることも少なくない。
 このように不健全な理由で社外役員を迎えている企業は、海外のアクティビスト(モノ言う株主)からすると恰好の攻撃材料であり、不祥事などが発生した場合には巨額訴訟に発展する可能性もある。そうなる前に、いわゆるお飾りの社外役員を据えるといった行為はやめた方がよいと考えているのは筆者だけではあるまい。
 話を戻して、企業側のコンプラ意識が高まっていることに加え、ネットの発達によってスキャンダルが社会に拡散しやすい状況となっていることも大きい。
 週刊誌など一部メディアはこうした風潮をうまく利用し、芸能人や経営者の個人的なスキャンダルをより積極的に取り上げるようになってきた(いわゆる文春砲など)。ウエルシア社長の辞任も週刊誌報道がきっかけとなっており、従来ではあり得なかった現象といえるかもしれない。
単に能力がなかっただけ
 企業の透明性が高まるという点で、こうした辞任が増えていることを歓迎する向きもあるが、一方で、私生活と仕事は別々であり、過剰反応という声もある。
 確かにちょっとしたトラブルが発生するたびにトップが交代していては経営の一貫性がなくなってしまう。物事には限度というものが存在するのはその通りだが、筆者はこうした形でのトップ辞任が増えることは、日本の産業界や株式市場にとってメリットの方が大きいと考えている。
 その理由は、私生活をうまく管理する能力がない人物というのは、メンタルの部分で弱さを抱えており、結果として上場企業を経営する十分な能力を有してない可能性が高いからである。
 企業トップというのはとても孤独な存在であり、周囲に気を許せる人物はほとんど存在しない。こうしたストレスが個人的な不祥事の一因になっている可能性は高く、その意味では「お気の毒」という面があるのは確かだ。
 だが企業トップとして億単位の報酬を受け取る代わりに、世界の投資家に対して成長をコミットし、さらには従業員の生活も背負うというのが上場経営者の責務である。自身の私生活を十分に管理できないような人物は、そもそも上場企業の経営者になるべきではないし、これらの難題を解決できる能力があると自他ともに認めるからこそ、株主や取締役会は経営者として迎えている。厳しい言い方になってしまうが、不祥事で辞任してしまうのは、単に経営者として能力がなかっただけともいえる。
創業者とサラリーマン社長の違い
 上記の中には、愛人を出張に同伴させたり、社宅を不倫の場所として使うなど、レベルの低い公私混同が行われていたケースもあった。これはもはや私生活の問題ではないので、擁護する部分はほぼゼロといってよいだろう。
 個人の私生活が問題視されて辞任する人物の多くは、企業の創業者ではなく、従業員から昇格したいわゆるサラリーマン社長が多い。この現実は、企業の不祥事が表面化しやすくなった時代における重要なポイントといえるかもしれない。
 創業社長の場合、自身にスキャンダルが発生して株価が下落すれば、巨額の損失を自分自身で負うことになる。
 例えばソフトバンググループや、ユニクロを展開するファーストリテイリング、ニデックなど時価総額が兆の単位になる企業ともなれば10%株価が落ちただけでも数千億円の個人的損失が発生する。加えて、企業を創業して成長させるためには、一般のサラリーマンでは想像もつかないような苦難を乗り越える必要があり、創業経営者たちのメンタルの強さは半端な水準ではない。
 こうした環境下では、私生活も完璧にコントロールできるか、あるいは、仮にトラブルが発生しても事業に影響が及ばないよう、自力ですべてを処理できる能力がある人しか経営者としては生き残れない(海外では、不倫が表面化しても、まったく問題視されなかった創業経営者もいる)。
 オーナー企業の場合、ある種のスーパーマンが経営トップとして君臨しており、そうでない企業は、こうしたカリスマ経営者と戦わなければならない。スーパーマンと肩を並べて勝負することが求められる以上、プライベートな問題を管理できずスキャンダルになってしまうようなトップでは困るというのが、株主のホンネといえるだろう。
 
加谷 珪一