患者の発言遮断 環境省の「原点」忘れるな(2024年5月14日『東京新聞』-「社説」)

 公害の被害者に寄り添うべき官庁として、あるまじき行為だ。水俣病関係者らが伊藤信太郎環境相に意見を述べた際、環境省職員が途中でマイクを遮断した問題は、公害被害者らの信頼を大きく損なった。国の姿勢自体が疑われる。
 水俣病の公式確認から68年の5月1日、患者・被害者8団体が熊本県水俣市で伊藤環境相と懇談し、順番に意見を発表した。その際、環境省の担当者が3分間の持ち時間を超過した参加者の話を制止後、マイクの音を切った。
 マイクを取り上げる場面さえあり、懇談会の終了時、団体側から「なぜしゃべらせなかったのか」と抗議の声が出たのは当然だ。司会者から明確な説明もないまま、怒号の中で閉会する後味の悪さだった。
 懇談の時間管理のためか、以前から「3分間ルール」はあったようだ。ただ、実際にマイクを遮断したのは今回が初めてという。環境相の帰りの予定があったためというが、当の環境相は懇談会の出席前、「水俣病は環境問題の原点だ。地域の声をしっかり拝聴したい」と述べていたのだから、ほとんど笑話じみている。
 環境相自身がせめてその場で遮断を押しとどめるべきだった。1週間後になってやっと現地を再訪し「心からおわびし、深く反省する」と謝罪したが、遅きに失したというほかない。
 水俣病四日市公害など、四大公害病をきっかけに1971年に発足したのが、環境省の前身・環境庁だ。水俣病は、同省の出発点でもあるのだから今回の振る舞いは大いに反省してほしい。
 しかも、水俣病は、今なお患者の認定が争われている。国は当初、重症者だけを患者認定したが、認定基準を国より緩やかに解釈した最高裁判決などを受け、2009年成立の水俣病特別措置法(特措法)などで政治決着を図った。それでも対象から外れた人たちが裁判で争い、昨年から今年にかけて、200人近くが「水俣病に罹患(りかん)している」と一審判決で認定されているのである。
 被害者の高齢化も進む。政府は、特措法が定める水俣市周辺などでの健康調査を早期に実施し、差別を恐れて長く声を上げられなかった人など被害者を一人でも多く探し出してほしい。今回の問題を受け、環境省が再設定した懇談の場を、その契機にしてはどうか。